こんにちは、いなみです。
長年「他人軸」で生きてきたので、本当に自分のやりたいことが分からなくなっています(・・;)
やりたいことはちゃんとあるんだろうけど、分からない。
まずは自分の気持ちを大切に行動したいものです。
- 他人の期待に応えても人間関係は良くならない
- 相手の期待に応えられなくても、私が悪いわけではない
- 自分の本当の気持ちを見つめる
- やりたいことは必ずしも全て実行する必要はない
- やりたいことをする=逃げ、ではない
他人の期待に応えても人間関係は良くならない
周りの空気を読んで、他人の期待やしてほしいことをくみ取ってその期待に応えるように行動するのが人間関係を潤滑にすると信じてきました。
でも、そう行動していると、結局「都合のいい人」にたどり着きます。
自分で自分の気持ちをないがしろにし、周りからもないがしろにされます。
人の期待に応えればその場はうまく収まりますが、ずっと期待に応え続けてもその人達から大事にされたり守ってくれたりすることはないんです。
その結果ストレスが溜まりイライラ、それが態度に出たり爆発して、人間関係が悪くなるという悪循環になります。
人間関係を潤滑にするために我慢していたのに、結局人間関係が悪くなります。
相手の期待に応えられなくても、私が悪いわけではない
相手の期待に応えられないと自分が悪いことをしているような気分になります。
相手が機嫌悪そうにしていると、機嫌を取らなきゃと思ってしまいます。
でも、相手の期待は相手のものであり、相手の機嫌は相手のもの。その人が自分でなんとかすべきこと。
「この人はこう思ってるんだろうな」
「この人は今機嫌が悪いんだな」
で終わりでOK。
私は他人の操り人形ではないので、私がそれに応える必要はないです。
自分の本当の気持ちを見つめる
あえて期待を裏切らなくてもいいけれど、相手の期待に応えることを自分の行動基準にすると、自分の気持ちが分からなくなります。
相手の気持ちや期待を自分の本当の気持ちだと勘違いしてしまうこともあります。
「この人はこう思っているんだ」
「でも私はこう思う」
と、相手と自分を分けて考えることが必要なんだと思います。
本当の自分の気持ち、自分のしたいことを大事にしてこそ、相手のことを大事にできるのだと思います。
自分の価値観を大事にするからこそ、様々な価値観が許容できるようになるのだと思う。
自分が我慢我慢ばかりしていたら、やりたいことやって幸せそうにしている人に腹が立ちますもん、だったら私も好きなようにやりたいです。
…そう思いつつ、つい人の目を気にしてしまいなかなか自分のしたいこと思いっきりできてないです(;_;)
諦めず少しずつやっていきます。
人の期待に沿って動くのは、人生の舵を常に他人に取られているいるということ。
それは常に不安定で疲れます。
しかも人の期待に沿っても結局だれも守ってくれない。
それなら自分のしたいことをして自分で責任を取った方が人生はずっと充実すると思います。
私が人の期待に背いたら私を非難する人もいると思います。
でもそういう人は離れてもいい人なんだと思います。
やりたいことは必ずしも全て実行する必要はない
「やりたいこと」は全部実行できなくてもいいと思います。
「私のしたいことは何だろう」「私はどうしたいのかな」と自分の心に目を向けるだけでも意味があるのだと思います^^
やりたいことをする=逃げ、ではない
やりたいことをやる、無理しない。
と言うと、本来やらなきゃいけないことから逃げてるのではないか?と言う人もいます。
自分の課題から目を背けているのが「逃げ」であり、
本当に自分のしたいことをする、無理をしない、というのは逃げではないと思います。
あくまで私の考えです。
写真は、ちょうど3年前に広島の厳島神社に行った時のものです。厳島神社、弥山からの景色です^^
厳島神社、神秘的でした。
弥山はロープウェーだと中間地点までしか行けず山頂までは歩かないといけなかったのですが、登山できる服装ではなかったし時間もなかったので山頂に行くのは断念しました。ロープウェーで中間地点まで行って写真撮りましたがすごくきれいな景色でした^^
お読みいただきありがとうございました^^
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